積ん読ナナメ読み

TOKYOではないけれど……
呑めば、都――居酒屋の東京

拙宅の本棚部屋には、読まずに熟成させている本がホコリにまみれて積み上がっている。つい先日、溝の口や高津が登場する本はないかと探し当てたのが、『呑めば、都――居酒屋の東京』(筑摩書房)。ただの居酒屋ガイドかと思いきや、第1章の「セーラー服とモツ焼き(溝口)」に目がとまった。

在日35年(執筆当時、2011年)、マイク・モラスキーという呑んべえ学者が書いた東京の酒場巡り。新聞の夕刊に連載していた千鳥足遍歴を書籍化したものだという。単行本にする際、著者の意向で意図的にそうしたのだろうが、大井町・赤羽・立石・吉祥寺など都内の名だたる呑み屋街を差し置いて、溝の口からはじまる酒場紹介本は見たことがない。

30年ほど前(1980年頃と推測できる、新ヨーカドーのオープンは1986年)、著者は溝の口で家庭教師の職にあった。そんな溝の口の街は、「ダサい」「見るものは何もない」「つまらない街」と最低の評価を下す。それから二十数年後(2000年代、ノクティのオープンは1997年)、呑み友だちに誘われて溝の口で痛飲してからというもの、俄然ヒイキの街となる。そのきっかけとなったのが、西口商店街にある立ち呑み「かとりや」と「いろは」との出会いだ。

著者は西口商店街に足繁く通い、南武線の音を聞きながら「かとりや」と「いろは」の安くて美味い酒と串焼きを味わう。そこで著者は「客たちの呑み方」「客層の厚さ「店長の人柄のよさ」「店から発せられる独特の空気感」「立ち呑み2つの店の違い」など日本文化研究者ならではの目線で、訪れる客と迎い入れる店を観察する。飲んべえ学者は謂う。「居酒屋は〈味〉よりも〈人〉である」と。

街探レポートも的確。「パチンコ店の激戦地」(こぼれ話だが、P店と焼き肉店が多い街は健全度ランクが低いとも)、「美味いコーヒーと高音質の音を聴かせるナドック」(2016年頃、道路向かいに移転)、極めつけは「駅南口そばに構える山形の地酒専門『よこ川』」。著者は真の穴場と評するが、これには地元民も大いに納得した。

書かれてから10年以上が経ち、西口商店街は以前にも増して各メディアが取り上げるようになった。そのぶん、観光地化が進んだのは間違いない。商店街の一角には新手の店もふえた。かとりやさんの隣、残念ながら撤退した古本屋さんの跡地にも4年前に新たな立ち呑みがオープンした。ここはオススメ、美味い。

溝の口の鍵貸します
『探偵少女アリサの事件簿――溝の口より愛をこめて』

左がオリジナル小説版、右がコミック版

掘り出したもう一冊が、『探偵少女アリサの事件簿――溝の口より愛をこめて』(幻冬舎)。「呑めば、都」は開いた形跡があったが、こちらは文教堂さんのカバーが掛かりっぱなしだったから、一度も開いたことはないのだろう。元ネタモロバレの「溝の口より愛をこめて」というサブタイを見て、即決でタイトル買いしたと思われるが、2017年に映像化されているから、この頃入手したのかもしれない。

作者は東川篤哉氏。テレビドラマや映画、アニメにもなった「謎解きはディナーのあとで」が有名な小説家だ。地元・新城に、なんでも屋をはじめた三十男の主人公が、探偵一家の10歳の美少女・アリサとの迷コンビで難事件に挑む、連作4本からなる短編集である。

同じ版元から、3巻立てでコミカライズされていたので、ブックオフさんで入手し一気に読破。脱力系ミステリーはキャラクターが重要であるといえ、この作品も2人の迷コンビに、探偵でアリサの父や主人公の友人で(架空の)溝ノ口署の刑事などが絡むストーリーは、絵のほうがはるかに人物像をイメージしやすい。明らかにコミック向きだ。

「ノクティ」が事件解決のキーワードになったり、南武線が舞台となる時刻表トリック、溝の口からほど近い野球専用グラウンド(という設定)での足跡トリックと、溝の口(と南武線)を舞台にミステリーの王道をしっかり盛り込んでいるあたり、脱力系ヒットメーカー手練れの一作である。

架空のグラウンドで熱戦を繰り広げる草野球チームは3つ。◎◎◎ホルモンズ、〇〇ホッピーズ、△△△△マテンローズだが、伏せ字に入る地名を当ててほしい。もう、おわかりだろう。

オリジナル小説版は第1巻刊行から7年が経った2021年、第3巻をもって完結している。2巻、3巻は未読だが、3巻のサブタイは「さらば南武線」。これまたエモーショナルなシネマ風タイトルを付けてくれた。

この記事を書いた人

マルキ

再雇用の編集者。20代の頃から興味をもって接してきたこと、気にしてきたこと→→→音楽(70年代イタリアンロック・クラシック・合唱・ジャズスタンダード・島津亜矢など歌唱力のある歌い手・80年代JPOPなど)、本(小説以外の乱読)、映画(ここ10年は邦画が主)、絵画(特に日本画・新版画)、御朱印巡り(22年~)、街探、温泉、酒と食・スイーツ、アパレル・二輪・自転車・ビリヤード・健康(50代以降)………