過去に針を通し、いまを縫う。心のままに紡がれる、刺繍作家・塚原茉弓さんの創作哲学。

新作の『Paris』。塚原さんが感じた、自由でエネルギッシュな”パリの色”が表現されています。

古書の1ページに、過去と現在、そして祈りのような感情を縫い留める刺繍作家がいます。高津区の静かなアトリエから生まれたその作品は、やがて海を越え、パリの街角で人々の心をとらえました。紙に蝋(ろう)を染み込ませ、糸で紡がれる塚原茉弓さんの世界は、私たち自身の内側と、そっと向き合わせてくれます。

パリが認めた、独創的なアート

2025年6月、フランス・パリの街角にあるキオスクや美術館のショップに、一冊のアート誌が並びました。その名は『République des Arts(レピュブリック・デザール)』。フランスと日本の優れた現代アーティストを紹介するこの権威ある専門誌に、一人の日本人女性の作品が大きく取り上げられたのです。

アート誌『République des Arts』。流行に流されず、作品の本質を問う姿勢は、学術誌と一般誌の中間に位置するメディアとしての信頼を得ています。

その後、2025年10月、フランス・パリのルーヴル美術館に直結しているショッピングモール「Carrousel Du Louvre」にて開催された『ART SHOPPING PARIS』に出展し、その卓越した才能により主催特別賞を受賞しました。彼女の名は、塚原茉弓さん。 高津区にアトリエを構え、『kokoro.no.mamani』というブランドを展開する彼女の作品は、今、国境を越えて多くの人々の魂を揺さぶっています。パリ在住の美術史家・ロミー・シルヴァニ氏が「刺繍コラージュが創り出す宇宙」と評したその世界観は、どのようにして生まれ、なぜ私たちの心を惹きつけるのでしょうか。彼女の作品が持つ魅力を紐解いていきます。

紙に刺繍を施す、唯一無二の表現

刺繡された図形「メタトロンキューブ」は、すべての正多面体を含んでいることから、「完璧」「調和」といった意味があるとされています。

塚原さんの代表的な表現手法、それは「布」ではなく「紙」に刺繍を施すという、極めて繊細で独創的なアートです。彼女がキャンバスとして選ぶのは、長い年月を経て風合いを増した古書のページ。まずはその1ページを丁寧に切り出し、「蝋引き(ろうびき)」という工程を施します。紙に蝋を染み込ませることで、紙は独特の透明感を帯び、安定性を増します。すると、ページの表裏に印字された文字や図形が重なり合い、思いがけない模様やリズムが浮かび上がるのです。

古書そのものが持つ質感、触感、タイポグラフィ、そしてほのかに残る香りにさえ、私は美しさを感じています。それが私の制作の本質的な要素なのです。

そう語る彼女は、筆の代わりに針を使い、古書という“過去の遺産”の上に、色とりどりの糸で「現在」を重ねていきます。

瞑想的に制作後、その色彩から『海牛(ウミウシ)』が作品名となりました。

作品の中で象徴的に描かれるのは、さまざまな姿をした「四角形」です。 ある時は歪み、ある時は崩れ、またある時は丸みを帯びて連なる四角。美術史の文脈において、円が「天」を象徴するのに対し、四角はそれを支える「地」を意味します。それは私たちが生きる地上世界、つまり「現実」の象徴です。文字の上に重なる歪んだ四角たちは、私たちの日常の揺らぎや、完璧ではないからこそ愛おしい現実を映し出しているかのようです。紙という、ひと針のミスも許されない(一度穴を開ければやり直しがきかない)素材に向き合うことは、取り返しのつかない過去を受け入れ、それでも前を向いて進む「人生の営み」そのものとも言えるでしょう。

天然石とヴィンテージビーズが織りなす「お守り」

アクセサリーブランド『kokoro.no.mamani』のリングやピアス、ネックレスなど。

塚原さんの才能は、壁に飾るアート作品だけにとどまりません。彼女が手がけるアクセサリーは、その芸術的な感性を、より身近に、日常的に身に纏うカタチへと昇華させたものです。ここで主役となるのは、長い年月をかけて地球が育んだ天然石や、繊細な輝きを放つヴィンテージビーズたち。 塚原さんは、石の一つひとつが持つ個性を丁寧に見極め、それらが最も美しく呼吸できる組み合わせを探り当てます。

『12星座のブレスレッド』は、ヨーロッパのヴィンテージビーズをメインに使用し、星座ごとの性質に合った天然石を使用しています。

アクセサリー制作においても、その根底にあるのは「瞑想」に似た静かな集中力です。 「ひと針ひと針、一粒一粒を繋いでいく時間は、私自身を癒し、愛でる行為でもあります」と彼女が語るように、その穏やかなエネルギーは、作品を通じて手にする人へと伝わっていきます。派手すぎず、それでいて確かな存在感を放つブレスレッドは、12星座をイメージカラーとした洗練された色使いが特徴。それは、持ち主の日常にそっと寄り添い、内なる光を引き出してくれるような、お守りのような存在です。

あなたも「心のままに」その作品に触れてみませんか

塚原さんの作品を前にした時、不思議な安らぎを覚えます。 それは、彼女が紡ぐ糸の向こう側に、目に見えない「優しさ」や「祈り」のようなものが流れているからではないでしょうか。古書の上に描かれた歪んだ四角、天然石の不規則な輝き。 それらは「完璧でなくてもいい。ありのままの自分でいい」という、力強くも優しいメッセージを届けてくれます。今後の展示会を通じて、ぜひ実物に触れてみませんか。古書と糸が織りなす静かな作品に、あなただけの「大切な何か」が見つかるはずです。

塚原さんのプロフィール

刺繍作家 / アクセサリーアーティスト。『kokoro.no.mamani』主宰。川崎市高津区を拠点に、紙に刺繍を施す現代アート作品や、天然石を用いたアクセサリーを制作し、その独創的な作風が世界的に注目されています。

この記事を書いた人

丸山秀樹

丸山秀樹

川崎市高津区在住。江川せせらぎ遊歩道で、カルガモ親子の写真を撮っています🦆